道北の奥側に、拠点をつくるという決断—— meets NAKAGAWA HOKKAIDO
2023年に始動した「meets NAKAGAWA HOKKAIDO」。
奥道北・中川町を拠点に、未利用資源を活かした商品開発に取り組むこのプロジェクトは、どのように生まれ、なぜこの地を選んだのか。
その背景にある葛藤や決断について、株式会社ハイブ 代表の嶋津さん、大窪さんに話を聞いた。
2023年5月、北へ向かう
代表嶋津さんにプロジェクトの発端を尋ねた。

株式会社ハイブが中川町を初めて訪れたのは2023年5月。
きっかけは取引メーカーからの紹介だった。当時、別の地域で進めていた有機農業を軸にした加工事業の計画が、土地や生産量の問題で暗礁に乗り上げていた。中小企業事業再構築促進補助金の採択も受け、事業として動き出す準備は整っていたが予定地の条件が合わず、代替地も見つからない。構想はあるのに、実装ができない状態となっていたという。
そんな折に紹介されたのが北海道・中川町だった。



旭川からさらに北へ。道北と呼ばれる地域は、丘陵の牧歌的な風景とは少し異なる。空は広いが、どこか自然の力がむき出しのような印象を受ける土地。町が近づくと、天塩川の河川敷が長く続く。芝は丁寧に刈られており、人の手は入っているが、出過ぎていない。それはかつての里山のような環境で、自然と人のちょうどいいバランス感がある場所だと感じたと嶋津さんは語る。
町に到着し、中川町役場地域振興課の高橋さんに裏山を案内してもらったとき、「自然に対する愛情と、共に生きる存在への思いやり」を感じとれたという。
自然を消費するのではなく、暮らしの延長線上で関わっている。その中川町のあり方が、これまで考えていた事業の方向性と重なり、「この町であれば理念の体現ができるのではないか。」と感じたという。meets NAKAGAWA HOKKAIDOが事業というかたちを帯び始めた瞬間だった。
最後の最後に見つけた拠点

町の案内の最後に見せてもらったのが、現在の拠点となっている旧幼児センターだった。
もともと加工場をつくることが目的だったため、いくつかの施設を見学した。しかし、倉庫や工場跡地では、未来のイメージが広がらなかった。最後に案内された幼児センターは、当初予定にはなかった場所だったという。
建物には、かつて子どもたちが過ごしていた空気が残っていた。建物への光の入り方、空間の余白、どこかに宿る中川町の暮らしの気配。ここなら、単なる加工場ではなく、町と関わる拠点になり得るのではないかと嶋津さんはじめ、社内のプロジェクトメンバーの中でもイメージが沸き、「この場所で事業をはじめたい!」と決まった。
東京からの移動で1日かかる中川町。だが距離の不安に対しては意外にも「なかった」という。それよりも、「ここでやりたい」という気持ちの方が大きい感覚だった。
山菜に向き合い続ける時間
中川町は山林が9割近くを占める。林業、酪農、農業が営まれ、北海道大学と連携した山林管理も行われている。ギョウジャニンニクやワラビ、和薄荷、テシオマツの若芽。豊かな自然資源があるのも実はあまり知られていない町の魅力の1つ。
当初の構想では野菜加工が中心だったが、中川町では野菜の生産量が限られている。
そこで提案されたのが「山菜を使ってはどうか」というアイデアだった。
だが、ここで1つ問題が発生する。山菜は栽培作物ではない、ということ。
誰が、どのように、どれだけ採るのか。持続可能な量とは何か。町の人にとって山菜は「自分たちが食べる分を採るもの」だ。お金をもらって採るという発想は町の人にとって親しみがない。
その現場に飛び込んだのが、初年度からmeets NAKAGAWA HOKKAIDOのプロジェクトメンバーとして関わった大窪さんだ。構想を形にするには、まず町に入り、住民の人と向き合う必要があった。
今回の取材では、実際に現場に立ち続けてきた大窪さんにも自身の想いを聞いた。

拠点を構えただけでは、山は開かれない。山菜採りには、人それぞれ、誰にも教えない“自分だけの大切な場所”がある。山は共有資源でありながら、長年の暮らしの中で守られてきた場所でもある。外から来た事業者が簡単に踏み込める領域ではない。だからこそ、大窪さんは月の半分を町で暮らし、日々町の人とコミュニケーションをとり、町民の方と関係を築き、町の文化・考え・価値感を理解することに努めた。その結果、少しずつ教えてもらえることが増えていったという。山菜を求め自らも山に入り、町民の方に教えてもらいながら山菜を採取していった。
湿った斜面を登り、まだ雪解けの残る土を踏みしめながら、どこに芽が出るのかを教わるところから始まった。
ギョウジャニンニクの採り方ひとつにも暗黙のルールがある。根ごと引き抜いてしまえば翌年は生えない。葉を一枚残すこと、若すぎる芽は採らないこと、同じ場所から取りすぎないこと。「その取り方では来年生えないよ」と、直接町民の方から教わった。
採るという行為が、同時に“残す”という行為でもあるのだと、実感した瞬間だった。



自然には限度がある。取り尽くせば終わる。それは理屈としては理解していたことではあったが、実際に山に入り、町の人の目線で教わることで、ようやく身体に落ちたような感覚だった。
嶋津さんは会社として中川町に拠点を置き、事業をする上で一つの感情が芽生えたという。
「過ぎるのは良くない」ということ。採りすぎない。開発しすぎない。広げすぎない。
事業として成立させることと、町の暮らしや自然の循環を壊さないこと。そのバランスをどう見極めていくかがこのプロジェクトにとって最も重要であり、神経を使わないといけない部分だったという。
続けることの難しさ
プロジェクトは決して順調だったわけではない。
当初、現地に常駐していたスタッフが2ヶ月で離脱する出来事もあった。プロジェクトメンバー1人となっても大窪さんは中川町に毎月のように通い続け、ゼロから人間関係を築きあげていった。すぐできるものでなく、時間をかけて構築していくものだからこそ大変さもあったという。また、原料調達も安定しない。欲しいタイミングで材料が揃わないこともある。大変なことは多い、でもそれでも続ける理由は何だったのか。大窪さんは中川町の人の存在が一番大きかったという。
町のスーパーで偶然会った時に「今日は焼肉やるからおいで」と誘われる。隣人が野菜を持ってきてくれる。町に帰ってくると「おかえり」と声をかけてくれる。そんな温かさが町全体に通っている。同時に「商品にしていくのは難しいのではないか」「数年でいなくなってしまうのではないか」と言われることもあったという。
町の資源を活用し進める事業だからこそ、自然・町・人との信頼関係は欠かせない。「だからこそ、派手さや瞬発的なものよりも継続を大事にすることを心掛けていきたい」と語る彼女。過度な拡大を求めず、まずはこの中川町に、奥道北に根を張ることに力をいれていきたい。その根っこの想いがどんな困難、問題も乗り越えていく原動力となっているという。



奥道北という文脈の土地で
振り返れば、事業の展開先として中川町を選んだというよりも、中川町に可能性を見出したという感覚に近かったという。
自然が強く、人が近い。未利用資源があり、それを無理なく活かせる余地がある。
meets NAKAGAWA HOKKAIDO は、町の資源を借りるのではなく、町と共に価値をつくるプロジェクトでありたいと考えている。商品はその結果であって、目的ではない。
今まだ眠っている中川町の可能性をこのプロジェクトを通して光を当てていければ嬉しいと2人は話す。
これからのmeets NAKAGAWA HOKKAIDOの行き先

今後の課題は明確、事業として持続可能な形にすること。
そのためには山菜や農産物の調達の仕組みを整え、町の人と継続的に関わる組織体制を築かなければならない。
この点に注力していきたいと話す。
一方で、目指しているのは拡大ではない。町の人にハイブなら大丈夫、ハイブなら安心といった信頼してもらえる存在になること。訪れた人が「また来たい」と思える接点をつくること。そのために関わり続けること、動き続けることを大切にしていく。
中川町での取り組みは、まだ発展途上。2023年5月に感じた直観を大事にし、自然とのちょうどいい距離感。それを壊さずに事業を続けること。それが、meets NAKAGAWA HOKKAIDO のこれからの指針にも繋がっている。